人魚姫

 夕日が海を染める頃になっても大冴は帰って来なかった。

 お腹が空いてきた琉海はキッチンと冷蔵庫を漁ったがあるのはお菓子ばかりで食べる気がしなかった。

 外からいい香りがしてきた。

 誘われるように琉海は外に出ると匂いのする方向へふらふらと歩いて行った。

 匂いの素は1軒の小さな店だった。

 店先に赤提灯がぶら下がっていて、やきとりと書かれている。

「肉!」

 琉海は迷わず店に飛び込んだ。

「へい、らっしゃい」

 威勢のいい声が飛んでくる。

 中はカウンターだけの狭い店ですでに満席だった。

 1列に並んだ客の全員がいっせいに入り口を見る。

 みな地元の男たちだった。

 琉海を見た男たちは無理やりカウンターの真ん中に1席を作った。

 そのせいで1番端に座っていた男が1人列からはみ出た。

「肉ください!」

「へい、なんにします?」

「オススメで!」

 このオススメというのはさっきテレビで学んだ言葉だった。

 何やらこのオススメとはとてつもなく美味しいものらしい。

「飲み物は?」

「オススメで!」

 琉海の一挙一動、一言一句に注目していた男たちは、おおっ〜と小さく感嘆した。

「大将俺ももう1杯」

「俺も同じのを」

「俺も」

 琉海の登場で男たちの酒がすすみ出す。

 琉海はオススメのビールを飲み、出てくるオススメのやきとりを食べまくった。

 もも、かしら、ネギマ、手羽、つくね。ビールの後にはオススメの焼酎をロックで飲んだ。

 至福の時だった。

 オススメのやきとりは今まで琉海が盗んで食べた肉の中で1番美味しかった。

 アルコールの存在は知っていたが飲んだのは初めてで、こんなに美味しいものなのかと感激した。

「美味しい、美味しいよ」

 人間になってよかったと初めて思った。

 琉海は涙ぐみ鼻をすすった。



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