人魚姫
狭い店内がわずかにざわめく。
そんな中、体格のいい漁師風の男が琉海に話しかけてきた。
「姉ちゃん失恋でもしたんか」
酒で赤いのか日に焼けて赤いのか分からないような顔をして、眠いのかいつもそんな風なのか半分しか開いてない目は琉海を見ているようでどこか遠くを見ているようでもあった。
「でもな、生きてさえいればどうにかなるやろ。死んでしまったら終わりやけどね」
店の空気が急に沈んだ。
「あれは仕方なかったって、すごい嵐やったもん」
誰かが言った。
「まぁ、あの嵐の中で海に投げ出されたのが2人も助かったっていう方が奇跡やろ」
琉海のやきとりを食べる口が止まった。
2人?
あの女は助かったのだろうか?
ヨットの上で琉海と目が合った女。
「律(りつ)ちゃんは結局見つからんかったやろ、流されて」
「まだ嫁入り前の若い娘がな、可哀想に」
だよね。
ん、待てよ、死んだのは男じゃないのか?
「男2人は助かったのになぁ」
ええーーーー!
「おじさんそれほんと?男2人助かったって」
琉海は漁師風の男に詰め寄る。
男の半分だけの目が少しだけ大きくなる。
「助かった、助かった、大冴とその連れは なぁ」
琉海の気迫に押された漁師風の男は同意を求めるように他の男たちを見る。
男たちはみな一様にぶんぶん頭を縦に振る。
「そうそう大冴の東京の友だちとか言ってた、たしか未來とかいう名前の」
大冴に騙されたのだ。
琉海が助けたもう1人の男は死んでないのだ。
だとすると大冴が王子とは限らないのだ。
琉海は猛烈に腹が立ってきた。
チクショ〜、大冴め。
あいつが王子でも王子でなくても殺してやりたい。
「おじさん、その未來って男の人今どこにいるか知ってる?」
「大冴んとこやろ」
漁師風の男が答えたが、すかさず誰かが、
「いや、もう東京に帰ったんやないか?」と言う。