人魚姫
「おい、おいおまえ」
琉海の体が乱暴に揺すられる。
「こんなところで何やってる」
琉海は深い水底からゆっくりと浮き上がってくるように眠りから目覚める。
ぼやけた視界の先に何かが見える。
「あ、生きてたか」
大冴は足で琉海の体をまた揺すろうとして止めた。
「*%#@」
「は?」
大冴。
そう琉海は言ったつもりだったが言葉にならなかった。
琉海に顔を近づけた大冴は「おまえ、酒臭え」と飛び退いた。
意識が次第にはっきりとしてきて、先ほどのことが思い出される。
ああ、やきとり美味しかったぁ。
もっと食べたかったぁ。
しばらく琉海は食べたやきとりのことを考えうっとりとしていたが、はたと大事なことを思い出す。
大冴を睨む。
「あんた嘘ついたでしょ。もう1人は死んだって。あたしそこのやきとり屋で聞いたんだからね、一緒に溺れたあんたの友だちは生きてるって」
大冴は琉海の指差す方に顔を向けた。
遠くに提灯の赤い光がぼんやりと見える。
「ああ、未來は死んでないよ。死んだのは律だ」
「なんで嘘なんか」
「おまえこそなんだよ」
大冴は大声を出した。
「なんで未來を探してんだよ。おまえこの辺の奴じゃないだろ。なんであの事故のことを知ってるんだよ。一体なんなんだよ。未來じゃなくても律が死んだんだよ、俺の、俺の大事な律が」
大冴は顔を背けた。
その目は充血していた。
「その律ってあんたの姉さん?」
「なんでそこで姉さんになるんだよっ。それにあんたあんたって、大冴さまって呼べって言ってるだろ」
大冴は唾を飛ばした。
そして小さく呟いた。
「俺の恋人だよ。結婚するつもりだった」
ヨットの上から溺れている男を悲痛な顔で見ていた女。
あのとき琉海が助けていたら生きていたかも知れない女。
琉海が、見捨てた女。