人魚姫
「ごめん、大冴」
「なんでおまえが謝んだよ」
「いや、なんか」
うつむく琉海の横に大冴は腰を下ろした。
目の前には海が広がっているはずだが暗くて何も見えない。
打ち寄せる波の音だけがその存在を知らしめていた。
「今でもしょっちゅう夢に見るんだ。あの嵐の日のことを。なんで俺は律を助けられなかったんだ。俺が死ねばよかったのに。律じゃなくて俺があの時死ねば良かったのにって何度も思う。どうして俺だけ生きてんだよ。律が死ぬんだったら俺も一緒に死にたかったよ。俺だけ1人でなんて生きてたくなんかないよ。なんで俺だけ助かったんだよ」
それは大冴が陸の王子かも知れないから。
琉海と結ばれる男かも知れないから。
でも、だからこそ女は死ぬ運命だったのかも知れない。
「俺さ、溺れかけてる時なんかちょっと覚えてんだよな。みんなは自然に浜に打ち寄せられたって言うけど、水の中で誰かに助けられたと思うんだ」
「ま、まじ?」
琉海はギクリとする。
「誰かに抱きかかえられてたような……」
大冴はそこで黙った。
琉海にはその沈黙がやたらと長く感じる。
「もし本当に誰かに助けられたんだったら、なんでそいつは俺と未來は助けて律は助けてくれなかったんだろうな。俺の意識があったら、俺よりも先に律を助けてくれって、絶対に言ったのに」
「も、もし誰かに助けられたのが本当だったら、その人も必死だったんだよ。助けたかったけど助けられなかったんじゃない?」
本当は助けたかった。
女も同じように意識を失っていれば。
女が琉海の顔さえ見ていなければ。
「助けたかったのに助けられなかった。そっか、そうだよな。普通女の方を見捨てたりしないもんな」
「そうだよ、きっと助けようとしたけど助けられなかったんだよ」
助けたかったのは本当だ。
でも助けようとはしなかった。
見捨てたのだ。