人魚姫

 うずくまりそうになる琉海の体を誰かが支えた。

 抱きしめるように支えるその腕は周りから琉海が押しつぶされないように空間を作る。

 電車が揺れるとその度に周りの人たちは押しつぶされているのに琉海だけは無事だった。

 琉海は腹痛に耐えながら自分を守ってくれている胸にしがみつくようにして浅い呼吸を繰り返した。

 この香り……。

 痛みに耐えることに集中している琉海だったが、かろうじて残されたわずかな意識が反応する。

 この香り、あの人だ。

 そして、この香り。

 これは潮の香りだ。

 潮風の甘い部分だけを凝縮したそんな香り。

 顔を動かそうとしたが上手くいかない。

 諦めた琉海は深く深呼吸をすると目を閉じた。

 お腹の痛みが少しずつ和らいでいく。

「ありがとう」

 男の胸の中で琉海は囁いた。

 男は何も言わなかった。

電車の扉が開いてどっと人が外に吐き出される。

「琉海、降りるぞ」

 どこかで大冴の声がした。

 人の濁流に飲み込まれながらも男に守られ無事ホームに降り立った琉海は気づくと1人で立っていた。

 琉海はずんずん同じ方向に流れていく人混みの中に男を探した。

 どこ、どこ?

 誰かが琉海の腕を掴んだ。

「琉海」

 振り向くと大冴だった。

「大冴、友だちいたよ」

「は?」

「未來って大冴の友だち、同じ電車に乗ってたよ」

「んなわけないだろうが」

「ほんとだってば」

「おっ」

 大冴はポケットからスマホを取り出した。

「未來からだ」

 スマホを読みながら大冴はあれっとつぶやく。

「渋滞がひどいから車止めて電車にしたら電車の方がひどいって」

 大冴はスマホを耳に当てる。

「おい未來なにやってんだよ。今どこだよ。あ?まじ?俺まだホーム、うんああ、分かった。北口改札出たとこだな」

 大冴は電話を切ると「おまえの言ったこと本当だった」と琉海を見た。


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