人魚姫

「なんかすごいいい匂いがする」

 その匂いはどんどん濃くなる。

 男はある店の前で立ち止まった。

 その匂いはその店から出ている。

『焼肉』

 大きな看板にそう書かれていた。





 じゅうじゅう音を立てて焼ける肉を琉海は食べまくった。

「カルビ最高」

 男はトングでどんどん肉を焼き、琉海の皿にどんどん乗せてくれる。

「あなたも食べなよ」

 琉海は自分の皿にてんこ盛りになった肉を男の皿に分ける。

 男も肉を頬張る。

「美味しいよね」

 男はうなずいた。

 琉海はそれを見ると満足そうにまた自分の箸を動かしながらちらりともう1度男を見た。

 男はずっとしゃべらなかった。

 店の店員に注文する時もメニューを指差すだけで、一言も言葉を発しなかった。

 店員が驚くほどの量の肉を食べ終わったあと男がメニューのデザート欄を指差して琉海に見せる。

「甘い物はもう一生分食べたからいらない」
 
 琉海がおえっと舌を出すと男は笑った。

「ねぇ、あなたはしゃべれないの?」

 笑っていた男はすっと真顔になると、店員からペンを借り紙ナプキンに何か書き始めた。

——しゃべれないのはいや?

 琉海は頭をぶんぶん横に振る。

「ぜんぜん、ぜんぜんそんなことないよ。ずっとしゃべれないの?生まれた時から?」

 男はもう1枚紙ナフキンを取る。

——前は普通にしゃべれていたよ。

「なんでしゃべれなくなったの?」

 また紙ナフキンを取る。

 今度は長い間文字を書きつけている。

——病気って言えば病気かな。でもそうじゃないって言えば、そうじゃない。このあとどこか行きたいところやしたいことある?

 琉海は目を輝かせた。

「おまかせで!」



 男が琉海を連れて行ったところは遊園地だった。

「うっわー」

 もともと海の中にいた時から予備知識としてあり、テレビでも何度か見たことがあった琉海は大興奮した。

 園内にある全ての絶叫マシーンを乗りつくした後2人は観覧車に乗った。




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