人魚姫
青かった空が今はオレンジ色に染まっている。
東京の街と海が見えた。
全てが小さな作り物に見える。
ちらほらと明かりを灯し始めた街の中にひときわ目を引くものが見えた。
「わー、あれなに?あれきれい」
琉海は指差す。
男は琉海に顔を寄せ指差す方向を見た。
ふわりと濃い潮の香りがする。
身振り手振りで説明しようとする男に、「あ、待って」琉海は自分のバックの中から紙ナフキンの束とボールペンを取り出した。
「さっきのお店から持ってきちゃった」
ぺろりと舌を出す。
男はそれを受け取ると、手の平に紙ナフキンを置いて少し書きくそうに文字を書く。
琉海に見せた紙ナフキンには歪んだ文字で、
——ありがとう。
と書かれていた。
男はすぐに2枚目を書く。
——あれは東京タワー。行ってみたい?
「行きたい、行きたい」
男はうなずいた。
「やったー」
琉海は観覧車が地上に着くのが待ち遠しくなった。
2人が東京タワーに着いた頃には辺りはすっかり日が暮れ、眩しいばかりにライトアップされた東京タワーに琉海は何度もため息をついた。
「陸にもこんなきれいなものがあるんだ」
海の中の美しいサンゴ礁や太陽の光に鱗を光らせながら泳ぐ魚の大群を見慣れていた琉海には地上の景色はいまいち色あせて見えていた。
首が痛くなるくらい見上げていると男が琉海の肩をつついた。
紙ナフキンを見せる。
——これに上れるよ。
「ほんと!」
琉海は飛び上がって喜んだ。
東京タワーから見える夜景に琉海は言葉を失った。
——どうかした?
男が心配そうにしている。
琉海は頭を横に振る。
「違う、嬉しくて。ここに来れて良かったって思って」
陸に上がって良かったと、琉海は初めて思った。
大好きな肉をたくさん食べ、絶叫マシーンに乗り、見たこともない美しい景色を見ることができた。
陸に上がって今日が1番楽しい日だった。
「ずっとこうしていたい」
琉海は呟いた。