人魚姫
——ずっと僕と一緒にいればいい。
「ほんと?あ、でも」
陸の王子をほったらかしにするわけにはいかない。
陸に上がった姫が失踪したなんて聞いたことがない。
そんなことになったら琉海を教育した姉たちがどんなに非難されることか。
もしかしたら深海に繋がれてしまうかも知れない。
うつむく琉海に男は紙ナフキンを差し出す。
——大丈夫、僕を信じて。
琉海は顔を上げた。
琉海を見下ろす瞳が温かい。
「分かった。でも大冴にはちゃんと言っておかなくっちゃ。今までお世話になったから」
そうだ別に失踪しなくてもいいじゃないか。
この優しい男の人と一緒にいて大冴と未來を見張っていればいい。
1年の間にどちらが陸の王子か分かれば、1年後、悪いが王子には死んでもらう。
それではれて自分は人魚に戻る。
今となっては海にそれほど帰りたいとは思わないけど。
——大丈夫、このまま行こう。
「それはだめだよ」
男はどうして?って顔をする。
「あたし大冴に会ったらすぐに戻ってくるから。だから、じゃここで待ってて、ほんとすぐに戻ってくるから大冴んとこ行って大冴に伝えたら、大冴に」
琉海は今になってようやく気づいた。
「大冴!」
自分が大冴とはぐれてしまっていたことに。
「大冴どこーーーー!」
せっかく見つけた王子候補を見失ってしまった。
姉さんたちに怒られる。
海辺ならまだしもこんな街でどうやって大冴を探すというのだ。
さっき観覧車の上から見た東京の街はとてつもなく広かった。
がっくりと肩を落とす琉海の手を男が引っ張る。
「え、どこ行くの。だからだめだよ、あたし大冴に」
男は何か書くものを探す。
さっきの紙ナフキンが最後の1枚だったようだ。
「あ、待って」
琉海はバックの中から紙ナフキンを取り出した。
「まだ隅っこに書けるよ」
男はその中から1枚を選ぶ。