人魚姫
「琉海ちゃんそれでもいいんだ」
「それでもいいんだって、別にあたしと大冴は」
まだ契りを結んでいないし、大冴が王子とは決まったわけではないのだ。
今、目の前にいる未來が王子かもしれないのだから。
「あれ?そうなの?僕てっきりそうなのかと思ってた。だよね。あんなに律一筋だった大冴がこんなにすぐに新しい彼女作るはずないもんな」
「律ってどんな人だったの?大冴と結婚する予定だったんでしょ」
「結婚?ああ、それは大冴が勝手に思ってただけ。付き合ってたのは事実だけど。綺麗で頭が良くて優しくて、完璧な女性だった。ミスコンのグランプリだったんだよ」
そっか、そんなだったのか。
あたしが見殺しにした女の人は。
なんだか勿体無いことをしたような。
「あたしとはだいぶ違うね」
「そう?そんなことないよ。琉海ちゃんも十分美しいよ〜。それよりなんでそんなぶかぶかの男物のコート着てんの?それ大冴のじゃないよね、なんかどっかで見たことがあるような気もするけど。それにさっきからずっと手に持ってるのなに?」
「借りたんだ。これは花びら」
「借りた?花びら?」
訊いてきたわりには未來はそれ以上興味がないようで、代わりに琉海のことをいろいろ訊いてきた。
適当に未來の質問をかわしてるうちに琉海の中にいたずら心が芽生えてきた。
本当のことを知ったら腰を抜かすだろうな、あたしが人間じゃなくて人魚だって知ったら。
「ねぇ、もしあたしが人間じゃなかったら驚く?」
「なにそれ」
未來は鼻で笑った。
「人間じゃなかったらって、幽霊かなんかってこと?」
「ううん、例えば人魚とか」
「いいねー。人魚と恋してみたいねぇ。そういう映画があったよね昔」
なんだつまんない。
未來の反応が面白くない琉海は窓の外を眺める。
遠くに東京タワーが見えた。
さっきあの上にいたのがずっと前のことのように思える。