人魚姫
犬の鳴き声がした。
なくなった気配の代わりに騒がしい鼻息が琉海の周りをうろちょろする。
「茶々丸」
大冴の声がした。
「おまえっ、大丈夫かっ」
大冴が琉海の体を抱きおこす。
「おい、しっかりしろ、救急車呼ぶか?」
琉海は気力を振り絞って首を横に振る。
大冴の手は大きくて温かい。
その手を取って自分のお腹に当てる。
すると少し痛みが治まる。
大冴はそっと琉海のお腹をさすった。
しばらくそうしていると痛みはだいぶ治り、立ち上がることができるまでになった。
「おまえ本当に病院に行った方がいいぞ。明日行け」
「……そうする」
琉海は1枚のメモを取り出す。
海のドクターが琉海にくれたものだった。
「ここに行くにはどうやって行ったらいい?」
「これ、大阪じゃん」
「大阪?近い?」
大冴は呆れた顔をした 。
「馬鹿、おまえほんとに日本人かよ。遠いに決まってんじゃん。新幹線か飛行機に乗って行くんだよ」
「えっーーー」
でも仕方がない。
行くしかない。
お腹の痛みはだんだん酷くなってきてるし、これ以上痛いのはごめんだ。
「連れてってやろうか」
琉海は驚いて大冴を見る。
「なんだよその目は」
「いえ、お願いします」
大冴は琉海をその場に残すと——万が一またお腹が痛くなった時にと茶々丸を置いていった——自分の車を取りに行った。
未來の運転とは違い、大冴の運転はずいぶん安全運転だった。
「いつもこんなに安全運転なの?」
「誰かを乗せてる時はな」
「ふーん」
琉海は助手席を後ろから抱え、回した腕をぶらぶらさせる。
「なんで前に乗っちゃだめなの?」
大冴は答えない。琉海は諦めて乱暴にシートに体を投げ出した。
「ねぇ茶々丸、茶々丸も前がいいよねぇ」
尻尾を振る茶々丸を琉海は膝に抱える。
車に乗ってから大冴は言葉数が少ない。