人魚姫

「茶々丸、今日なんであそこにいたの?偶然?」

 茶々丸に話しかける振りをしながら大冴の様子を伺う。

「おまえさぁ」

 大冴が重い口を開く。

「それで今からどっちに帰る?俺んとこ?それとも未來んとこ?」

 バックミラー越しに大冴の顔をのぞいたが無表情で感情が読み取れない。

「どっちって……」

 未來の言葉が思い出される。

 このまま僕の彼女になりなよ。

「俺はどっちでもいいけど。つか未來んとこに行ってくれた方が俺は楽だけど。もうおまえのお守りしなくていいもんな」

「でもあたしを大阪に連れてってくれるんでしょ?」

「未來に頼めばいいだろ」

 茶々丸がワンと鳴いた。

 ワン、ワン、ワン!

「茶々丸」

 大冴が戒めるが言うことをきかない。

「どうしたの?茶々丸」

 琉海が顔を寄せると茶々丸は琉海の頬を舐めた。

「大冴んとこにする」

 このまま未來のところに行ってしまったら、大冴には2度と会えないような気がした。

 大冴と未來は親友みたいだからそんなことはないはずなのに、なぜかそんなふうに感じた。

 大冴はもう1人の王子かもしれないのだ。

 キープしとかないとなのだ。

 このまま未來のところに行ってしまったら、未來の彼女になると返事をするようなものだし、そうなったら大冴との距離がぐんと離れてしまう。

 もし大冴の方が王子だった時に契りを結ぶのが難しくなってしまう。

 でもそれだけが理由ではなかった。

 琉海の心のどこかで捨てきれない大冴への負い目のようなものがあった。

 大冴の恋人を見殺しにしてしまったこと。

 それを償うことなどできないし、償う必要もあるのかどうか分からないが、琉海が大冴のそばを離れがたい大きな理由になっているのは確かだった。

「ねぇ、大冴んとこにする」

「分かったよ」

 面倒くさそうに返事をする大冴の顔は相変わらず無表情だった。




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