人魚姫
町医者はいきなり立ち上がると——結構背が高い——そばに置いてあったペッドボトルを手に取りごくごくと飲んだ。
何色でもない濁った色をした液体だった。
ペットボトルを持っていない方の手で琉海を追い払うように、もう行け、と手を振る。
琉海は怒鳴られる前に早く部屋を出ようと出口へ急ぐ。
「傘はいつも持っとるやろうな。漢方が効くのは腹いただけやからな」
琉海は町医者を振り返った。
「傘?」
町医者は「つぎ」と叫んだ。
琉海は部屋を出て行こうとして入れ替わりに入ってきた人とぶつかりそうになる。
「あ!」
入ってきたのはコートの男だった。
「ぼやぼやせんと、さっさと行かんか」
町医者に怒鳴られ、琉海は渋々部屋を出る。
男はまるで琉海に気づいてないようだった。
まぁ、いいやこっちで待ってれば。
待合室の長椅子に再び腰掛けるとすぐに受付の女性に名前を呼ばれた。
処方された漢方を受け取る薬局への道順を早口で説明され、「ではお大事に」とぱたんと扉を閉めるように言われた。
「あ、あの」
「うわっ、なんか臭っさいなここ」
大冴の声がして見ると手にドーナツを持った大冴が立っている。
「おまえ金持ってないだろう」
一瞬上目遣いに大冴を見た受付の女性は「では2700円いただきます」と静かに言った。
女性は釣銭を戻す時に「漢方代は薬局でお支払いお願いします」と付け加えた。
薬局ってどこにあるんだよ、と聞く大冴に女性はさっきとまるっきり同じ内容のことを同じ口調で説明した。
「じゃ、行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってあたし人を待ってるの」
「人?」
「午前の診療はもう終わりですよ」
受付の女性が琉海と大冴の会話に割り込んできた。
「え、でもまだ男の人が1人いますよね」
「あなたが最後ですよ」
「そんなはず」
「ほら行くぞ」