人魚姫
大冴は琉海の腕を掴んで歩き出したが何を思ったのか受付に1人戻ると体を乗り出した。
「ここって頭の方は診てもらえないんですか?」
冗談とも本気ともつかない口ぶりで、顔は笑っている。
大冴を無視する受付の女性の反応を楽しむと大冴はまた琉海の腕を取った。
琉海は中を振り返ったが、奥の扉は閉ざされたままだった。
ずっと聞こえていた怒鳴り声も聞こえてこない。
本当にもう誰も中にはいないようだった。
説明された通りに薬局に行き、また長椅子に座って待たされる。
でもあたしは絶対に見た。
あの男の人だった。
それとも見えているのはあたしだけなの?ううん、違う。
この前焼肉屋ではお店の人、ちゃんとあの人のこと見えてたもん。
「また透明人間か?」
琉海の横に座る大冴は前を向いたまま言った。
「違うもん、透明人間じゃないもん、ちゃんといるもん」
琉海の名前が呼ばれる。
立ち上がろうとする琉海を制して大冴が前に進み出た。
支払いを済ませ外に出る大冴を琉海は追いかける。
「おまえ本当はその透明人間がいいんだもんな。この前そう言ってたもんな、ほら」
大冴は薬局でもらった漢方の入った紙袋を琉海に押し付けた。
「もう薬もらったから大丈夫だろ。その透明人間の男のとこに行けよ」
琉海は紙袋を取り損ない道に薬の入った小袋が散らばる。
「大冴」
大冴の姿が人混みの中に見えなくなる。
最後にちらりと見えた大きな背中がとても怒っていた。
「大冴」
琉海は叫ぶ。
また大冴を怒らせてしまった。
わざわざ大阪にまで連れてきてくれたのに。
ううん、大阪だけじゃない、海辺の町から東京に連れてきてくれたのも大冴があたしのお腹を心配してくれたからだ。
道に散らばった小さなビニール袋を琉海は集める。
中には細かく刻まれた葉っぱや木片が入っている。