人魚姫
「大冴ごめん」
袋を拾う琉海の手を大きな手が包んだ。
ひんやりと冷たい。
琉海は顔をあげなくてもそれが誰だか分かった。
「どうしていつも急にいなくなるの?」
男の手の動きが止まった。
「さっきも病院にいたでしょ、ねぇあなたは誰?」
見上げるといつもの優しい目が琉海を見下ろしている。
男は道に散らばった袋を全て拾うとポケットからメモ用紙を取り出した。
——僕は海男。
「うみおとこ?」
男は微笑み横に小さく仮を振った。
「うみお、あなたうみおって言うの?」
男はうなずく代わりに瞬きをした。
「エムから始まる名前じゃないの?」
M.TACHIBANA
コートの裏地に刺繍された名前。
琉海は何度も指でなぞった。
男は首をかしげたが、ペンを走らせる。
——これから串カツを食べに行こうよ。
琉海は頭を振った。
「だめだよ。あたし大冴を追いかけなきゃ。あたしまた大冴を怒らせちゃったんだ」
海男は悲しそうにまた瞬きをする。
「海男も一緒に来て。大冴と3人で串カツ食べに行こうよ。大冴だって海男に会えばあんな風に海男のことで怒ったりしなくなると思う」
琉海が海男の手を取ろうとすると、海男は待って、と合図するとスマホを取り出した。
——たぶんこのうちのどれかにいる。
メモと一緒に琉海に見せたのは『大阪 スイーツ うまい』で検索した画面だった。
——ここから1番近い店にきっといるよ。
「だね、だね、すごい海男頭いい。大冴甘いもの大好きだもんね」
喜ぶ琉海を海男はじっと見つめる。
——琉海は大冴が好き?
「嫌いじゃないよ、お世話になってるし、最初は最低な奴だと思ってたけど、でも本当は優しいし」
琉海は海男の瞳の奥をのぞきながら答えた。
「それに……」
海男はそれに?と首をかしげる。
「海男の目って蒼いんだね」
波の上から見た海の底のように海男の瞳は光の加減によって蒼くきらめく。