人魚姫
琉海はまだ海にいた時の自分がいかに浅はかだったかを思い知った。
見ず知らずの相手だったらまだしも、少しでも同じ時間を過ごした相手をそうやすやすと殺せるものではない。
ましてや自分に優しくしてくれた人間を手にかけることなんて琉海には絶対にできない。
大冴は自分が見殺しにした彼女を今でも愛している。
未來のように簡単に契りを結べそうにない。
もし大冴が陸の王子だったら。
「だめだ。絶望的だ。一生肉の食べ放題どころじゃない。あたしも1年後は海の泡になって死んじゃうかもしれない」
琉海は海男の手をひっしと握った。
「海男、その時は一緒に死のう」
どうしてそんなことを言うのかと海男が聞くので琉海は海男に全てを話した。
海男は琉海の手に軽く口づけた。
——海の姫と陸の王子、2人が真実の契りを交わさば、海が世界を制さむ。
海男が書いて見せたのは伝説の言葉だった。
「うん、分かってるよ、だから」
海男は手で琉海を制す。
——琉海は未來とはまだ契りを交わしてない。
「どうしてそんなことが分かるの?」
——真実の契りとは肉体の結びつきのことだけじゃない。
海男は何枚もの紙を使って琉海に説明をした。
伝説の云う真実の契りには心が伴っていないといけない。
そのためには陸の王子が姫を人魚だと知る必要がある。
姫は王子を騙したままではいけないのだ。
姫の本当の正体を知ってでも陸の王子が心から姫を愛し、そしてまた姫も陸の王子だけを1点の曇りもない心で愛さなければならない。
海の姫と陸の王子の相手を想う気持ちが深海よりも深くなったとき新しい世界が生まれるのだと。
とても難しいことなのだと海男は言った。
「そんなに?」
琉海が訊ねると海男はうなずいた。
——奇跡。
海男は1枚の紙にそれだけ書いた。