人魚姫
「実際は首を吊ったんじゃなくて、海に身を投げたんだけどさ」
琉海が大冴と未來を助けた嵐の日、3人は死んだ男を弔うために海に出ていた。
その日は男の命日だった。
「なんかさ、律を連れてかれた気がする。律があんまり悲しむもんだから、連れて行ったのかもしんない」
地上に降りるエレベーターは上がってくる時よりも混雑していた。ふと濃い潮の香りがしたような気がしたが、琉海は体を少しも動かすことができなかった。
一階に着きエレベーターの扉が開くと人が勢いよく押し出される。
散らばる人々を急いで目で追ったが海男の姿はなかった。
未來は大阪に1泊しようと提案したが、琉海は早く東京に戻りたかった。
「もらった薬も飲まなきゃだし」
未來は紙袋の中身を物珍しげにのぞき込み、本格的な漢方だと驚いた。
琉海は海の中にいた。
「あれ?あたしいつの間に人魚に戻ってる?」
「琉海」
名前を呼ばれて振り向くと海男がいた。
海男には男の人魚らしく立派な尾っぽが生えている。
「琉海、いい焼肉屋を見つけたから今度一緒に行こう」
海男の声は少し低い優しい声だった。
「うん、行く行く!」
琉海は海男の後ろを泳ぎながら「海男しゃべれるようになったんだね」と嬉しくなった。
「海男って誰?」
海男が振り返る。
振り返った顔は未來だった。
「え?未來?」
そのとき海の中が竜巻が起きたようにうねり、琉海は明るい光の中に飛ばされた。
気づくと琉海の体中に釣り糸が巻きついていた。
「ったく、おまえほんと世話がやけるな」
大冴が琉海をのぞき込んでいた。
大冴は絡まった糸をほどいていく。
「ほら、解けた」
「ありがとう、大冴」
琉海が見上げると黒いツノの生えた頭が琉海を見下ろしていた。
『琉海』
琉海の頭の中で言葉が響いた。