人魚姫
「ごはんはまだいらないかい?」
「お願いします!」
「あいよっ」
白いごはんとタレを絡ませたホルモンに琉海は涙が出るほど感動した。
タレだけでごはんをもう1杯食べられそうだ。
気づくと店は満席になっていた。
むうちゃんは相変わらず暖簾のこっちとあっちを行ったり来たり1人忙しく立ち回っている。
客たちの大半は酒で火照った顔をして自分たちの話に夢中になっている。
さて。
満腹になった琉海は膨らんだお腹に手を当てる。
どのタイミングで店を出ようか。
琉海はお金なんて持っていない。
払ってくれる海男も大冴も未來もいない。
むうちゃんには悪いが、食い逃げするしかない。
もともとそのつもりで琉海は出入り口に1番近い席を選んだのだ。
ビールももっと飲みたかったが1本だけにした。
酔ってしまっては食い逃げどころではない。
そっと出るか、それとも猛ダッシュで飛び出すか。
1番最後に入ってきた3人の客がむうちゃんに注文をしている。
3人とも立派な体格をしていて食べた肉がそのまま肉になったような体をしていた。
店の肉が足りなくなったら、ちょっと肉を分けてもらいませんか?と尋ねたらどんな顔をするだろうか、などと想像して琉海は1人ふふと笑った。
笑ってる場合じゃない。
琉海は水を一口含む。
一緒に口の中に入ってきた氷をがりがりと噛み砕いた。
やはりそっと店を出て猛ダッシュで逃げるのが1番成功率が高いと思われる。
3人の長い注文を聞き終えたむうちゃんが暖簾の向こう側へ入る。
今だ。
琉海はそっと席を立つと店の扉を3分の1ほど開けた。
琉海の体がどうにか抜けられる幅だ。
暖簾が揺れる気配はない。
琉海はそこに体を滑り込ませる。
「あっー!」
琉海を指差したのは体格のいい3人組の1人だった。
それを合図に琉海は猛ダッシュで走った。
むうちゃんの声が後ろで聞こえた。
振り返ると鬼のような形相をしたむうちゃんが追いかけてくる。