人魚姫

「ひっ」

 琉海は無我夢中で走った。

 が、すぐにむうちゃんに捕まってしまった。

 風のように走れるはずの琉海だったが、お腹に詰まったホルモンとごはんのせいか、それともむうちゃんが琉海よりも早い疾風だったからか、とにかく琉海はあっという間にお縄になった。

「あんたっ、食い逃げするなんていい度胸してんね」

 逆三角の目をしたむうちゃんはさっきまでの優しいむうちゃんとは別人だった。

 警察に突き出されそうになるのを琉海はそれだけはと、むうちゃんに懇願し赦してもらった。

 その代わり琉海が食べた分だけむうちゃんの焼肉屋で働くことになった。

 時給計算にするとちょうど3日分だとむうちゃんは言った。

「あんた結構食べたからね」

 むうちゃんは琉海が逃げないようにしっかりと手を繋ぐ。

 その手は思いのほか小さくて柔らかかった。

 店に戻ると拍手が沸き起こった。

 見事に琉海を捕まえたむうちゃんへの賞賛ではなく、「いやぁ、食い逃げするところ初めて見たわぁ」「今どき食い逃げするやつなんているんだぁ」とみな感心した様子で琉海を見る。

 暖簾の奥に連れて行かれた琉海はピンクのゴム手袋を渡され皿洗いを命じられた。

 むうちゃんの店はそれから閉店までずっと満席状態だった。

 最後の客が帰ったのは午前零時を過ぎていて、これで終わりかと思ったらそこから店の大掃除が始まった。

 全てが終わると琉海はくたくたになった。

 これをいつもむうちゃんは1人でやっているのかと思うとただただ尊敬してしまう。

 店の仕事が全て終わってしまって家がない、と琉海がむうちゃんに伝えると、

「そんなことだろうと思ったよ」

 と笑うむうちゃんは優しいむうちゃんに戻っていた。


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