人魚姫

 自転車で店と家を行き来しているというむうちゃんの後ろに乗せてもらって着いたマンションは正面玄関がオートロックという現代的な建物だった。

 あの古めかしい焼肉屋で働いているむうちゃんは同じように古めかしい建物に住んでいるものだと勝手に思っていた。

 それにどこかでそうであってほしいような気もしていた。

「先にシャワー浴びな」

 むうちゃんから着替えとタオルを渡される。

 念のため内側からしっかりと鍵をかけ、琉海は冷たい水を浴びた。

 排水口に溜まった鱗をトイレに捨てる。

 トイレの脇に小さな箱のようなものが置いてあった。

 浴室から出るとむうちゃんが床にあぐらをかいてビールを飲んでいた。

「飲みたかったら冷蔵庫から勝手に出して飲みな」

 むうちゃんは立ち上がると琉海と入れ替わりに浴室に入って行った。

 冷蔵庫からビールを1缶取り出し琉海も床にあぐらをかく。

 ぐるりと辺りを見回す。

 むうちゃんの部屋も店と同じように使っているところは掃除が行き届き、他は何年も放置されたように雑然とし埃をかぶっていた。

 ビールを1口飲んだところでむうちゃんが浴室から出てきた。

 3分も入っていなかったかも知れない。

 刈り上げた短い髪をタオルで拭きながら冷蔵庫から新しいビールを取り出すと、どかりと琉海の前にあぐらをかいた。

「さて、ゆっくり話を聞こうとするか、いろいろ訳ありなんだろ」

 短パンを履いたむうちゃんのすねがすべすべ光っている。

「あたし自立しなきゃと思って」

 琉海はむうちゃんから差し出されたスルメを口に加える。

「いい心意気だ」

 むうちゃんはうんうんと頭を上下に振る。

「でもあたし今までなんにもしたことなくて、小さい時から姉さんたちに男にどう取り入るかしか習ってこなかったんだ」

「あんたの姉さん達もある意味たいした女だねぇ」

 むうちゃんは感慨深げにうなずいた。


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