人魚姫
「で、自立しようにも何をやったらいいか分かんなくて」
「お水をやったらいいじゃないか。男に取り入る方法はよく知ってんだろ。あんたきれいだしどこの店でも雇ってくれるだろ。いいパトロンつけたら自分の店も持てるんじゃないいか?」
自分の店と聞いて琉海はむうちゃんの焼肉屋を思い浮かべる。
「本当に?むうちゃんみたいに?それだったらすごい」
「あんただったらあたしなんかよりもっといい店持てるよ」
琉海は胸を弾ませたが仕事内容を聞いてがっくりと肩を落とした。
「その仕事はだめ、できない」
「なんで」
「あたしには身も心も捧げないといけない男がいるから、それはだめなんだ」
それが大冴なのか未來なのかまだ分からないが。
「へぇあんた、意外と真面目なんだねぇ。そんなの仕事って割り切るのが普通だろうに」
いや、あたしには1年しかないから、他の男に媚び売ってる場合じゃないんだよね。
むうちゃんは飲み終わったビールの缶をペコリと凹ませると、また新しいものを取りに行く。
結局その晩琉海はむうちゃんに大冴にしたような嘘の身の上話をすることになった。
むうちゃんのベッドの横に布団を敷いてもらい横になる。
おやすみ、と電気を消したむうちゃんはすぐに寝息を立て始め途中からそれはいびきに変わった。
体はとても疲れているのに頭が興奮してなかなか寝付けなかった。
むうちゃんが言った『自分の店』という言葉がどうしても頭から離れない。
自分の店、琉海の店。
その言葉は何か特別な力を持ったようにパワーがある。
それにとても自立して聞こえる。
「へい、らっしゃい」威勢よく客を迎える自分を妄想する。
「あいよー」てんこ盛りの肉をテーブルに運ぶ。
じゅうじゅうと甘い煙を立ち上らせながら肉が焼ける。
琉海は待ちきれずに半生の肉をトングで掴みそのまま口に放り込んだ。