人魚姫

「さて、今日はもうそろそろ店じまいをするとするか」
       
 琉海の店は日の入りまででその後は食事にありつくためむうちゃんの店を手伝っている。

 琉海はその日の売り上げをバックにしまう。

 バックの中にはメモの束が入っていた。

 海男との会話だった。

 琉海はいつもそれらを肌身離さず持ち歩いていた。

 ハンカチに包んだ花びらもまだ持っていた。

 花びらはすっかり茶色くなって白いハンカチの布を汚していたが、琉海は捨てきれずにいた。

 琉海が陸で初めて出会った男。

 人間の男だとずっと思っていた。

 海男が陸の王子であって欲しいと思った時もあった。

 しまい忘れた蒼い貝殻が1つ転がっている。

 深い蒼は海男の瞳の色と同じだった。

「あたし、海男のことを好きになりかけてた。いや好きだったと思う」

 琉海は貝殻を拾うと息を吹きかけスカートの端で磨いた。

 だからもっと好きになってしまう前に、こうなって良かったんだ。

 蒼く光る貝を琉海は転がっていた場所に戻した。

「ごめんね、でもだから、さよなら海男」

 沈んだ太陽の反対側から細い月が顔を覗かせていた。

 その月を背にして大冴が立っていた。






 むうちゃんは琉海が連れてきた大冴を見ると今日は店は1人で大丈夫だからデートしてきなと、琉海にウインクを投げてよこした。

「じゃぁ、むうちゃんのところで食べる。大冴が払うから1番いいお肉食べまくる」

 むうちゃんは笑って「あいよ」と返事をした。

「大冴、むうちゃんのとこのお肉美味しいんだよ。大冴も甘い物ばっかりじゃなくて他のも食べた方がいいよ」

 大冴は怒ったような顔をして腕を組み琉海が肉を食べるのを見ている。

「肉ばかり食べるおまえに言われる筋合いねぇよ」

「甘い物ばっかり食べると苛々するんだって、だから大冴はいつも怒ってばっかりなんだよ」

「うるせぇな」


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