人魚姫
琉海は星のない空を見上げて祈った。
律がいい。
律がいいと、大冴は琉海の胸の中で何度も繰り返した。
神さま、大冴の糸が今この空の下で生きている人と繋がっていますように。
どうか、どうか、あのあたしが見捨てた人じゃありませんように。
「なぁ、律は自分から海に飛び込んだんじゃないよな。少なくとも俺は真人がいなくなってから律を支えたよな。律は笑顔を見せてくれてたもんな。律は、律は真人を追って自分で海に落ちたんじゃないよな」
「違うよ」
彼女は自ら海に飛び込んだのではない。
彼女の心の内を今や誰も知ることができないが、琉海は律の最後の姿を見た唯一の存在なのだ。
律が死んだのは自分が見捨てたからだ。
大冴や未來と同じように助けていたら、彼女は今でも大冴の横にいただろう。
「違うよ、律は自分で海に飛び込んだりしてないよ」
大冴は乾いた陽だまりの匂いがした。
目を閉じると見たことのない景色が広がる。
眩しい太陽がどこまでも続く白い砂地を焼いている。
その向こうに岩肌をむき出しそびえ立つ山が見えた。
琉海が生きてきた海の中の世界とは違う世界がそこに広がっていた。
何かに誘われるようにして目を開けると大冴の瞳がそこにあった。
真っ黒なでも優しい色の瞳だった。
大冴の手が琉海の頬に触れ、琉海はその手に自分の手を添えた。
琉海は大冴の黒い瞳に吸い込まれるように顔を近づけた。
そして大冴も同じように。
大冴の薄い唇が目の前にあった。
その唇に触れようとした瞬間、
琉海
名前を呼ばれた。
聞いたことのない声だった。
海の方から聞こえたような気がして琉海は暗い海にその声を探した。
が、微かに波がぶつかる音以外なにも聞こえてこなかった。
「おい、おまえ、このシチュエーションでそれはないだろ」
大冴が琉海の体を突き放す。