人魚姫

 大冴は琉海が律に見えたと言った。

 大冴の黒い瞳は優しかった。

 あんな大冴の目を琉海は初めて見た。

 大冴はいつもあんな目をして律を見ていたのだろうか。

 喉に何かが引っかかったような違和感を感じる。

 同時に胸を強く押さえつけられているようで息苦しい。

 生まれて初めて味わう感覚だった。

 苦しくて詰まった何かを吐き出そうとするが上手くいかない。

「ほえっ」

 琉海は口を開けて息を吐き出す。

 おえっ、ほえっ。

 琉海は胸を掻きむしった。

「どうしたんだい?気分でも悪いのかい?」

 いつの間にかむうちゃんが帰って来ていた。

 手に白いビニール袋をぶら下げている。

 琉海が胸が苦しいと言うと、むうちゃんはどれ、と琉海の額に手を当てた。

 それは熱がある時にすることじゃないかと琉海は思ったが、むうちゃんの手が気持ちよくて大人しくされるがままになった。

「よくないねぇ」

 むうちゃんはそのまま琉海の頭を撫でた。

「あたし病気?」

 むうちゃんの手が琉海の頬に触れる。

「あんたの虹色の糸の赤い部分が腫れてる。あの彼に恋し始めちゃったんだね」

「あたしが大冴に?」

 むうちゃんは返事のかわりに瞬きをした。

「そんなことないよ、だってあたしが好きなのは」

 好きだったのは……。

 海男の糸は何色なんだろう。

 透明がかった深い蒼色のような気がする。

 海男の瞳と同じ。

「そういえば、あんた達2人が出て行った後に、あんたを探して男が1人やって来たよ」

 むうちゃんはビニール袋からビールを取り出す。

「え?どんな人?海男って名前じゃなかった?」

「名前は聞かなかった」

 ほれ、とむうちゃんは琉海にビールを差し出す。

「食べていかないのかいって聞いたら、野菜だけで構わないならって言うんだよ」

 未來だ。



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