人魚姫

 もうすぐ未來が陸の王子であることが判明する。

 そうしたらもうゴールはすぐだ。

 なのになぜだろう。ちっとも嬉しくない。

「琉海ちゃんどうした?なんだか浮かない顔して」

 むうちゃんの店は準備中の札が入り口に下がっていた。

 店に入ると暖簾の向こう側から水音が聞こえてくる。

「むうちゃん」

 心臓がトクトクと早くなってくる。

 聞こえなかったのか水の流れる音は止まらない。

 もう1度呼ぼうとしたとき、トイレからむうちゃんが出てきた。

「あ、お兄さん昨日はどうも、野菜焼きおいしかったです」

 未來が会釈する。

「むうちゃん」
 琉海ははやる気持ちが抑えられない。

 それを分かっているむうちゃんは、「一瞬待ってて」と暖簾の向こう側に消えた。水の音が止み、むうちゃんが出てきた。

 むうちゃんが未来の胸の辺りに意識を集中させているのが分かる。

「きみどり」

 むうちゃんは言った。

「新緑のような柔らかい黄緑色」

 え、なになに?と未來は琉海とむうちゃんを交互に見る。

「うそ……」

「嘘ついてどうすんだい」

 琉海はそばの椅子に力が抜けたようにすとんと座った。

 どういうことだ。

 大冴も未來も自分と同じ色を持っていないとは。

 海の姫と陸の王子の伝説と赤い糸の伝説——もはや赤ではないが——は関係ないとでも言うのか。

「え、なになに?黄緑ってなに?」

「なんでもない」

「あ、なんかその琉海ちゃんの態度、やな感じだなぁ」

「糸の色だよ」

 むうちゃんが自分の胸をとんとんと叩いた。

「まぁこういうの、信じるも信じないも自由だけどね」

 むうちゃんは話し始めた。

 途中で笑い飛ばすかと思った未來はむうちゃんの話をじっと聞き、話が終わると固く胸の前で組んでいた腕をほどいた。

「お兄さんにはお兄さんの糸の色も見えるんですよね」



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