教育係の私が後輩から…

「猪瀬さん、やっぱり、俺、納得いきません! このままアイツを置いて帰れませんよ?」

「うん。そうですね?
でも、取り合えず、先に奥様をお送りしましょうか?」

えっ?
このまま離れて良いのかよ?
奥様を送ってる間に…

もし、佐伯の行動が世間に出ようものなら、会社の運命に関わる。
だが、猪瀬さんは心配する様子もなく、呑気に奥様を送って行くと言う。

「奥様、どちらまで御送りしましょう?」

「SAkURA ホテルまでお願いしてもいいかしら?」

「畏まりました。 七本さんSAKURA ホテルへお願いします。」

「…はい。」

ホントにいいのかよ?
エンジンをかけ、ゆっくり発進させた。

「久しぶりだわ… こんなに若くて素敵な男性とドライブ出来るなんて? 
ホント宣美さんは優しくて、部下思いなのね?」

「佐伯がですか!?」

俺と佐伯は同期だ。おれは部下じゃない。
だが、今はそんな事いい。
あの佐伯が、優しい? 部下思い?
奥様が言う佐伯と、俺の知ってる佐伯とは違様で、俺の驚きに、奥様は笑っていた。

「朔日餅の事、驚いたでしょ?
あなた方が持ってきて下さった物には、手はつけなかったのに、宣美さんの持って来たものには喜んで、手をつけた?」

「それは…社長と佐伯が…なんと言うか…」
こんな時なんて言えばいい?

「男女の関係だから?」と、奥様はおかしそうに、俺が思ってる事を言った。

「え!? 奥様はご存じで…? 佐伯と社長を、二人っきりにされたんですか!?」

俺は驚き、急ブレーキを踏んでいた。 そんな俺を見て、奥様は更に笑っていた。

「七本さん! 安全運転でお願いします。」

「あ…すいません。」

猪瀬さんの叱責に、俺は猪瀬さんへ謝り、そして奥様に謝った。

「色々噂が有るのは、私共も存じてます。でも、それは間違った噂なんですよ?」

「え? でも…」

「あなた方が持って要らした朔日餅は、駅前の百貨店で買って要らした物ですよね? でも、主人が好きなものは、伊勢の本店の物なんです。
一緒じゃないか!?って、
若い方達は、思われるかもしれませんが、私達にとっては大切な事なんです。

私達が結婚した頃は生活に余裕もなく、式も御披露目も出来なくて、御伊勢さんに、二人でお参りして、籍だけを入れたんです。
その帰りに、青福堂の朔日餅を食べたんです。
レストランや、料亭の豪華な料理でなく…

それ以来、毎月一日には御伊勢さんに行き、会社の業績や社員、そして社員の家族の幸せを祈願し、帰りには必ず青福堂の朔日餅を食べてたんです。
でも、主人が事故にあって以来…
行く事が難しくなって、主人も寂しがっていたんです。

少し鬱状態になった事も、あったんですよ?
そんな時、宣美さんが朔日餅を買って来て下さって…
私達は喜んで頂きました。

本当に美味しい朔日餅だった。
宣美さんの心がこもった…」

「そうでしたか?」

佐伯の優しさ…

「だったら、初めから俺達にも教えてくれたら…あっ…」

違う。佐伯は俺に伝えようとした。 それを俺が許さなかったんだ。

「でも、なぜ佐伯が泊まるんですか!?
有馬社長も、奥様を追い出すようにして?」

「それも、主人と宣美さんの優しさなのよ?」

「え?」

社長と、佐伯の優しさ?
意味がわかんねぇ。

「主人はあの通りの身体でしょ?
ヘルパーもお願いしてるんですけど…
それでも夜は、私しか居ないの。
主人の体には、いまだに事故の記憶が残ってて、
ほぼ毎晩魘されるの…
無い筈の足が痛いと…
その度に私は主人の無い足を擦ってあげるの…」

「大変ですね…。」

体に残る記憶か…

「ほんとう…大変よ?
でも、宣美さんは私の代わりを、無償でかって出てくれたの。

一晩だけでも、ゆっくりして来て下さいって?
ホテルの予約まで取ってくれて…」

「えっ!? じゃ、今日も…?」

佐伯はそこまで…
何も知らなかったとはいえ、俺、ひでぇー事、いっぱい言ってきた。
マジ、俺って糞だな?

「宣美さんには、主人の添い寝の事は、口止めされてたけど…
猪瀬さん、貴方には知って置いてほしかった。」

「え? 私にですか?」

猪瀬さんには…か…
そうだな?
この人には、俺も知っといて欲しいと思う。

「貴方、お爺様によく似てらっしゃる。」

「えっ? もしかして社長も、私の素性をご存知…?」

「多分、分かってるでしょうね? 若い頃は、互いに悪友と言ってましたから?」

もっと早く佐伯の気持を知っていれば、佐伯が左遷される事もなかったのに…
あいつもバカだなぁ…
自分を守るより、取引先を心配するなんて…
あいつ、良いヤツじゃん!
俺、惚れそう…




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