君と出会えた物語。
「お母さんね、朱莉に今まで嘘ついてたの。もう朱莉も高校生だし、本当のことを話しておきたくて。」
指定された椅子に座るとお母様は私の手を握り言った。
「嘘...ってなんのことですか...。」
お母様は一度向かいに座るおじさんを見る。
「この人はあなたのお父さんなの。本当は生きてたの。本当にごめんなさい。」
...この人が私のお父さん。
生きてたんだ。
私はお父さんのいない生活が当たり前だった。
だから、今更お父さんが生きていたなんて言われてもピンとこない。
さっきまで戸惑っていたのに今は自分でもびっくりするぐらい冷静な気がする。
「...そっか。別に今となってはどっちでもいいよ。で、なんで今なの?」
私がもっと動揺すると思っていたのかお母様は驚いた顔をしている。
「ここからは私が話すよ。」
お父さんってこんな声なんだ...。
低くて落ち着いている優しい声。
「はい。お話聞かせてください。」
「実は朱莉が幼稚園に通う少し前に私が他に好きな人が出来てしまって離婚したんだ。」
そう言って隣に座る女の人の手を握るお父さんを見て察した。
好きになったのはこの人なんだって...。
私はずっとお母様に握られていた手を握り返した。
「妻にも家庭があって再婚したのは数年前なんだけど…。」
「へぇ…。」
お互い不倫じゃん。
知らない方が良かった事実かも知れない。
お母様の気も知らないで…幸せそうにしてる事がムカつく。
「えっと…あのな、今回こうやって集まってもらったのは会社のことなんだ。」
「会社?」
「そう。朱莉のお母さんの会社は海外の大手取引先の倒産で経営が危うくなってしまったことをテレビで知って私の会社と合併しないかって話してるんだが...頑に首を縦に振らないんだ。」
前の海外への長期滞在はそういうことだったんだ。
お母様は1人でいろんな事と戦っていたんだな...。
寂しいなんて思っていた自分が恥ずかしい。
「あなたに助けてもらう義理はありません。朱莉を呼んだって意志は変わりません。」
「お母様...。」
真っ直ぐお父さんの方を見るお母様。
その横顔からは意志の硬さを感じた。
「だが、どっちにしろ今の家も手放さないといけないだろうし。もし合併しても今の生活は送れないんだぞ。合併しなかったらお前は失業することになる。朱莉を路頭に迷わせる気か?」
「...そ、そうですけど。」
2人の話はどんどん進んでいってしまって私は聞くことがやっとだった。
他人事のように聞くことしか出来ない。
「義理の息子は一人暮らししてるし、朱莉を引き取ることも考えている。だから、今日は朱莉も呼んでもらったんだ。」
「あなたはいつも自分勝手ね。好き勝手してたくせに今更なんなの?そんな話聞いてないわ!」
「助けになりたいって私は言ってるんだよ。」
言い合いする2人にどうしたらいいのか私には分からない。
親同士の喧嘩なんて初めてだし...。
なんて言えば収まるのか。
考えても答えは見つからない。
すると、今まで黙っていた女の人が大きなため息をついた。
「あの!子供の前で2人とも恥ずかしくないの?会社のことは大人だけで話したらいいと思うし、家に来るか決めるのは朱莉ちゃんでしょ?朱莉ちゃん困ってるじゃない。なんの話をするためにここにいるのよ。」
ふわふわした女の人が綺麗な顔を歪ませて言い放った。
「そうだな...朱莉ごめんな。」
「...朱莉、ごめんね。」
女の人の言葉に2人は我にかえったように椅子に腰をかけた。
「近いうちにあの家は出ないといけなくなる。朱莉には不自由させたくないんだ...。落ち着くまででも家に来ないか?」
言い合いしてた時とは違って優しい顔と声で提案してくれる。
心配してくれてることはすごく伝わる。
「お母さんは嫌だけど...今後の人生に関わることだし、我儘言ってる場合じゃないわよね。」
悲しそうな顔をするお母様。
お母様も突然のことで会社のことも私のこともってなるとすごく大変なはず。
この先どうなるかなんて分かんない...。
負担になんかなりたくない。
けど、離れたくなんかない。
「...少し考えさせてほしい。」
とりあえず落ち着いてちゃんと考えたい。
今すぐなんてなにも言えないし...。