蜜月は始まらない
……間違えた? つまりあの愛情深いキスは、本来私ではなく別の誰かが受けるべきだったもので。

そんな相手がいるにも関わらず、錫也くんは今、単なる元クラスメイトなだけの私と、ひとつ屋根の下で暮らしているの?

訊きたいけど、訊けるわけがない。
彼があのことを忘れているのなら、私も知らないフリをしなければならないだろう。

もし本当のことを話せば、今彼との間に成り立っている平穏な生活はきっと壊れてしまう。

結果がわかっていて自らそんなことをする勇気は、私にはなかった。

もしかしたら……その相手との間には、おおっぴらに関係を明かせない事情があるのかも、とか。

……だから私という隠れ蓑が、必要なのかもとか。

考えだしたら、キリがないけれど。そのすべてを飲み込んで、私は今も錫也くんとの同居を続けている。



「あ、バス来ましたね。いざ参りましょう東都ドームへ!」

「ふふっ、うん」



ターミナルにやってきた1台のバスを指さしながらぱあっと顔を明るくする根本さんがかわいらしくて、私は思わず笑みをこぼしながらうなずいた。

東都ドームの最寄り駅にあるこのバス停からは、日に何本もシャトルバスが出ている。

私たちは今回それに乗って、現地へと向かうのだ。
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