蜜月は始まらない
「ていうか、今日めちゃくちゃ打ってすごかったですね柊選手! だからこそもったいなかった……」



トートバッグにスティックをしまいながら、根本さんが拗ねたように唇をとがらせた。

今日の錫也くんの成績は、ホームランを含む5打数4安打。

たしかに、これで試合に勝ってさえいれば、お立ち台に呼ばれていてもおかしくない数字だ。

私は苦笑して、レプリカユニフォームのボタンに手をかける。



「あとで、本人に伝えておくよ。すごかったねって」

「お願いしまーす」



他愛ない会話を続けながら、同じように席をあとにする周りの人波に乗って長い階段を上っていく。

予想はしていたけれど、試合後の方がすごい混雑だ。はぐれないように気をつけないと……。



「でも花倉さん、結婚相手があんなにかっこいい人だと不安になりますよねぇ」

「え?」



ちょうど階段を上りきったところでかけられたセリフに、私は疑問符を浮かべた。

立ち止まった根本さんは、なんだか難しい表情をしている。



「だって、あれだけイケメンで活躍してたら、きっと老若男女問わずモッテモテでしょ~? しかも野球選手って、しょっちゅう遠征行って家空けるじゃないですか。私だったら自分の知らないところでどこぞの女に言い寄られてるんじゃないかって、毎回めちゃくちゃ疑心暗鬼になりそうです」
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