蜜月は始まらない
「もー……私と柊くんじゃ釣り合いとれてなくて、身分違いもいいとこでしょ……」

「なに前時代的なこと言ってんのよ、このご時世に。それにホラ、華乃は管理栄養士の資格持ってるでしょ? だから食事管理の面でも安心して任せられるってゆきのさんよろこんでたわよぉ」

「ええっ?! そ、そんな早々と期待されても……」



アスリート向けの食事とか、荷が重すぎない?! 身体のコンディションがそのまま、お金に直結してるんだよ……?!

考えるだけで、胃が痛くなりそう。目の前で青い顔をする娘なんてお構いなしに、お母さんはお茶碗の中にあった白米の最後のひとくちをもぐもぐ咀嚼している。

ごくんとそれを飲み込むと、涼しい表情で軽く言った。



「ま、とりあえず会ってみて、ダメなら先方から断ってくるでしょ。気楽にいこ、気楽に」



……やっぱり、お母さんだって私が振られる前提なんじゃない……。

フォローしてるつもりなんだろうけど、本心がダダ漏れである。まあ、普通に考えたら、そうなるよね。

──お見合い。その先にあるのは、もちろん、“結婚”の二文字だ。

私と柊くんが、結婚? そんな未来、まったく想像がつかない。

だって私は昔、彼との生きる世界の違いに怖気付き、告白すらできないまま無理やり恋を終わらせたのだ。それでも過去の自分の選択は、間違っていたとは思えない。

どうせ叶わないとわかっている想いを好きな相手にぶつけられるほど、あの頃も今も私は強い人間じゃないから。

だから……どうせうまくいきっこないこのお見合いだって、会う前に断るべきだ。

断るべき、だと……わかっている、のに。



『……俺は、花倉にぴったりだと思う』



もう、十年以上前のことで。ここ何年かは、思い出すことだってなかったはずなのに。

こんなタイミングで鮮やかによみがえる記憶の中の彼が、今さら私の心を掻き乱す。

普段のクールな無表情からは、想像がつかないような……やわらかくて優しい微笑みを自分に向けてくれた宝物みたいな瞬間が、私の意識を遠いあの日に連れていく。
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