蜜月は始まらない
……大好きだった。高校を卒業して、離ればなれになって……それでもテレビや高校時代の友達からの話で彼がプロ野球選手になったことを知ったときは、本当にうれしかった。

直接お祝いを伝えるすべなんかなくて。けれど精いっぱい、心の中で『おめでとう』と言って、こっそり泣いた。

今まで何度かあった高校の同窓会で柊くんに会えたのは、たった一度きり。それもひと言ふた言話しただけで、とてもじゃないけど雲の上の存在になってしまった彼の時間を私なんかが独占しようとは思えなかった。

強豪チームの中一軍に定着し、テレビの試合中継でその姿が見られるようになってからは、特別野球ファンというわけでもないのに何気なくチャンネルを合わせてしまう癖がついた。


……柊くんに、また、会える?

会って……話をすることが、できるの?

一旦考えてしまうと、もうダメだった。過去の自分が抑えたはずの欲求が、むくむくとまた膨らみ出して溢れそうになる。

私の恋心は、まだ死んでなんかいなかった。胸の奥底でひっそりと息をひそめ、また日の目を見る機会をずっとずっと待ち望んでいたのだ。


どうせ、断られるんだから。

キッパリ振られるなら、最後くらい……会って話をすることを、望んでしまってもいいだろうか。

どうせ、最後なんだから。



「……わかった。お見合い、受けるよ」



自分でもわかるくらい、しぼり出した声が緊張していた。

苦い表情を浮かべて観念した私に、母はにんまりと笑う。



「おっけー。それじゃあまた、ゆきのさんと話詰めて詳しいこと伝えるから」

「うん」



うなずいて、再び箸を手に取った。

今の私の顔は、果たして不自然じゃないだろうか。何年も想いを寄せた相手と会えることに浮かれているようには、見えないだろうか。

もし浮かれて見えたりしたら、困る。だって、浮かれてなんかいられないのに。



『“名は体をあらわす”って、言うだろ。花倉は、そのまんまだ』



優しく胸をあたためる思い出には、鍵をかけよう。

私は昔の恋心を今度こそ断ち切るために、彼と会うのだから。
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