蜜月は始まらない
今度こそ、彼女が俺に向けた笑みをくれる。



「いくら照れくさかったとはいえ、こっちこそ、嫌な態度取っちゃってごめんなさい。仲直り、しよう?」

「……うん」



若干呆けたままそれでもうなずくと、またふわっとやわらかい微笑みを浮かべた華乃。

俺はといえば、彼女の愛らしさに自身の中で呼び起こされる衝動を抑えるため視線を茶碗に落とし、大きなひとくちで白米を頬張る。

……照れくさかった、とか。本当に華乃は、無自覚に、俺をよろこばせる天才だな。

あと、『仲直り』って言葉にも、なんかグッときた。
さっきまでの俺たちの状態はせいぜい気まずいムードになっていた程度で、喧嘩とまでは言わないかもしれないけれど。

華乃はすっかりいつも通りの様子で、こんがりきつね色のカニクリームコロッケをおいしそうに咀嚼している。

そんな彼女へ再び視線を向け、おもむろに口を開いた。



「華乃。どこか、行きたいところとかないか?」

「え?」



俺の問いかけに、きょとんと首をかしげる。

言葉が足りていないとは自覚しているので、さらに続けた。



「もうすぐ、誕生日だろ? 再来週の月曜日なら、午後はずっとオフだから……もし華乃の都合がよければ、誕生祝いに一緒に出かけられないかと思って」



言いながら、実は緊張していることを悟られないようわざと真面目くさった表情で彼女を見つめる。

当の本人はパチパチとやけに多いまばたきをして、ポカンと呆けた顔をした。
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