蜜月は始まらない
「え? 誕生日の……お祝い?」

「そう。6月13日だろ、華乃の誕生日」



俺がハッキリ肯定しても、彼女はなんだかまだぼうっと理解が追いついていないような様子だ。

この反応はもしや、自分の誕生日のことを忘れていたか……それとも、俺から祝われるとは微塵も思っていなかったか。

もし後者なら、おもしろくない。それに少し、ショックだ。

でもたしかに、同居を始めてから今日まで俺らが一緒に出かけるといえば、短時間で食材や日用品の買い出しに行くくらいで……突然こんなことを聞かれたって、戸惑ってしまうのかもしれない。

まあ、俺たちがほとんど一緒に外出しない理由のひとつに、彼女が『周囲にバレて錫也くんが大変な思いをしないように』といつも心配してくれているのもあるが。

華乃が反応を返してくれるまで、食事の手を止め根気よく待つ。

テーブルに落とした視線をうろうろとさまよわせたあと、思いきったように彼女がこちらを上目遣いでうかがってきた。



「いいの……かな。だって、周りの人に気づかれたら、大騒ぎになっちゃったりとか」

「そんなのならないから。……まあ、華乃が俺と出かけたくないなら仕方ないけど」



後半は、独り言のような小さいつぶやきになる。

華乃が驚いた顔をしてぶんぶん首を横に振った。



「違う! 私、錫也くんと出かけたいです!」



言ってからハッと動きを止め、それから彼女は自分の発言を恥じるように口をつぐんだ。

そのほんのり染まった頬を見て、俺の機嫌がみるみる回復していく。
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