蜜月は始まらない

◆ ◆ ◆


それから約2週間後。1月ももう終わろうかという吉日に、私は従姉妹の結婚式以来の振袖を身にまとって都内の某高級料亭にいた。

このお座敷に通される際、ニコニコ笑顔の仲居さんから素晴らしい庭園の説明を受けたけれど……正直話がまったく頭に入ってこなかったし、緊張で景色を楽しむどころじゃない。

正座した膝の上に置いた両手をぎゅっと握りしめ、おそらく顔色を悪くしているだろう私を横目に母は小さくため息をついた。



「もうここまで来たんだから、今さらジタバタしてもしょうがないでしょ。覚悟決めなさい」



とっさに言葉を返せないまま、呆れたようなそのセリフを頭の中で反芻する。

覚悟? それって何の覚悟? 柊くんに振られる覚悟??

そんなの、今日この場所に来る前にしたつもりだった。けれどいざ当日を迎えて見合い場所の料亭にたどり着くと、とたんにその覚悟も空気が抜けた風船のようにしぼんでしまったのだ。

いやむしろ、張りつめていっぱいいっぱいになっていたものが許容量を超えてパーンと弾けてしまったというのが正しいかも。



「ねぇ、ていうかまさかこんなベタに、すっごいいかにもな料亭でやると思ってなかったんだけど……」

「私も最初お店の名前聞いたとき驚いたわよ。ゆきのさんが張り切って段取りつけてくれたの。自分の子どもの結納かお見合いは、絶対ここでやるって決めてたんだって」

「へぇ……」



そんなとっておきの場所を今回選んでもらったなんて、うれしいと思うより先にやはり私は恐縮してしまう。

柊くんのお母さんは、このお見合いにかなり気合い入れてくれてるんだなあ……ご立派な息子さんの相手がこんな平凡な私で、その期待が申し訳ないです。
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