蜜月は始まらない
それから約10分後。
自身の用事が済んだ俺は、カーテンが閉め切られたフィッティングルームの前に立っていた。

中からあれやこれやと声や衣擦れの音が聞こえていたが、やがてシャーッと気持ちのいい音をたててカーテンが開かれる。



「す、錫也くん……」



現れた華乃を見て、思わず息をのんだ。

恥ずかしそうに頬を染めながら今目の前に立っている彼女は、俺が事前に選んでいたここのブランドのワンピース姿だ。

膝丈のスカートはふんわり裾に広がるシルエット。高い位置にあるウエスト部分にはリボンがついており、デコルテから肘の上まで覆う部分はレースになっている。

濃いブルーが、余計に彼女の白い肌を引き立てていた。



「花倉さまとっても素敵ですよ。さすがは柊さま、花倉さまの魅力が存分に引き出される素晴らしいお見立てですわ」



華乃の傍らに立つ女性スタッフが、にこやかながらどこかイタズラっぽい視線を俺に向けてそう話す。

ちなみに俺も、ここに来てジャケットを羽織り靴も履き替え済みだ。



「他にもご試着のご用意はできますが、いかがなさいますか?」

「あー……いや、これでお願いします。あとは、この服に合う靴を」

「かしこまりました」



一礼して、やはり含み笑いのスタッフが踵を返しどこかへ消える。
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