蜜月は始まらない
もともとカジュアルからフォーマルなものまで幅広く展開していたこのファッションブランドがスポーツウェアにも市場を拡大したのは、ごく最近のことだ。

2年ほど前、俺はそのラインの日本でのイメージモデルに起用された。
それ以降よくこの店舗を利用するようになり、ここでのベテランである彼女には何かと世話になっているのだ。

自分の着る服にさえあまり頓着しない俺がまさか女性にプレゼントする服にあれこれ頭を悩ませるなんて、傍から見ていて可笑しくて仕方なかったのだろう。

店員としての礼儀はもちろん忘れないが、先日ここを訪れて相談を持ちかけたときから、明らかに俺への態度がおもしろがっているそれだ。

協力的なのはありがたいとはいえ、あの生あたたかい視線はどうにかならないもんか……などと苦く思っていると、それまで所在なさげに立っていた華乃が躊躇いがちに口を開く。



「錫也くん、これってどういう……」



頬を紅潮させ、困り顔で俺を見上げる華乃。

その表情がなんとも扇情的で、思わず一瞬言葉に詰まりながらもなんとか答える。



「プレゼント。これ着たまま、予約した店に行くから」

「え!? や、そんな、たた高そうなのに……っ」

「気にすんな。あ、ほら靴も来た」



舞い戻った女性スタッフが、いろいろと説明しながら手にしていた靴を次々華乃に勧めていく。

華乃は流されるまま試着を繰り返し、最終的には足首にストラップがついたグレーのパンプスに決定した。
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