蜜月は始まらない
「錫也くん……!」

「よし。行くぞ」



彼女の抗議は最後まで見ぬフリだ。
手際よくカードでの支払いを済ませ、華乃がもともと着ていた服の入った紙袋も受け取って店をあとにする。

あわあわと戸惑いっぱなしの華乃は、それでも外に出る際律儀にスタッフたちへお辞儀をしてから、俺の後ろをついてきた。

俺たちを送り出すスタッフたちの、めちゃくちゃイイ笑顔……次にここへ来たときがこわい。絶対からかわられそうだ。

車に戻っても、華乃はひたすら恐縮しきったように身を縮こませている。

俺は小さく息を吐いて、助手席の彼女へ向き直った。



「気に入らなかったか? その服」

「えっ、そんなことないよ……! すごく、素敵!」

「なら、もらって欲しい。一応、結構悩んで選んだんだ」



正直な俺のセリフに、華乃はぽっと頬を赤くして目を泳がせている。

駄目押しとばかりに続けた。



「似合ってるよ。……想像以上だった」



今度こそ、照れくささがピークに達したらしい。

彼女は口を半開きにしたまま俺を見上げて、その目をまん丸に見開いている。

そしてようやく受け入れてくれたのか、蚊の鳴くような声で「あ、ありがとう」とつぶやいた。
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