蜜月は始まらない
そこから、車を走らせて約40分。

たどり着いたのは、海の近くに建つ一軒のレストランだ。

車を降り、隠れ家的な雰囲気の白亜の建物の階段を上がっていく。

階段の途中で、オーナーシェフらしき男性がドアを開け出迎えてくれた。



「予約していた柊です」

「ええ、お待ちしておりました。どうぞ、中へ」



俺たちより、10歳ほど年上だろうか。穏やかな笑顔の店主に促され、店の中に足を進める。

あまり広くはない店内は、中央に木製のテーブル席がひとつあり、カウンターを挟んだ調理場はオープンキッチンになっている。

レストランというよりは、洒落た内装の家のダイニングといった雰囲気だ。

店主は「料理ができるまでどうぞおくつろぎください」とキッチンの中へ戻った。

テーブル席に腰を落ち着けると、向かい合っている華乃に話しかける。



「ここ、創作フレンチの店なんだ。オーナーがひとりでやってて、1日1組限定らしい」

「へぇ……オシャレだけど、落ち着く雰囲気のお店だね」

「ああ、そうだな」



店内を見回して笑みを浮かべた彼女に、人知れずホッとしながら俺も頬を緩めた。

よかった。少しはリラックスできたらしい。

やはり、大勢の人が周りにいないタイプの店を選んだのは正解だった。

俺といるとき華乃はかなり周りの目を気にしてくれているようで、それがいつも申し訳なかったから。
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