蜜月は始まらない
お座敷に通された数分前よりは幾分冷静になれたそのとき、閉じきった襖の向こうから「お相手の方がいらっしゃいました」という仲居さんの声が聞こえた。
ドキッと一際大きくはねた鼓動は、そのまま常より速いペースを保って胸の内側で暴れ続ける。
テーブルを見つめ緊張で身体を固くする私の耳に、襖を滑らせる音が届いた。
開いた襖の向こうから先に姿を見せたのは、上品なベージュのワンピースに同じ色のノーカラージャケットを合わせた上品な女性だ。
自分の母と同年代くらいに見えるその人の顔には知っている面影があって、つい息を呑む。
「ごめんなさいね、遅れてしまって」
「いいえぇ、とんでもない。お時間ぴったりですよ」
普段より1オクターブは高い声音で返事をしながら、母がサッと座布団から立ち上がった。
私も慌てて、それに倣う。
「まあ、あなたが華乃さんね? 里津子(りつこ)さんからお写真は見せてもらってたのだけど、やっぱり実物の方がかわいらしいわ」
「いえ、そんなことは……ありがとうございます」
にこやかに褒めてくださるその女性──件のゆきのさんに頭を下げつつ、私はこっそり母に視線を送る。
写真? 私の? もしかしてお母さん、スマホあたりに入ってたテキトーな写真見せたんじゃ……。
恨めしげな私の眼差しを、母は知らんぷりで完全に受け流している。もおおおお母さんってば……。
「あ、ごめんなさい。私がここにいちゃお部屋に入れないわね」
チラと背後に目を向けたゆきのさんが、そう言って用意された座布団へと足を進める。
彼女に続いてお座敷に姿を現した彼を視界に入れたとたん、ドクンと心臓が大きく脈をうった。
ドキッと一際大きくはねた鼓動は、そのまま常より速いペースを保って胸の内側で暴れ続ける。
テーブルを見つめ緊張で身体を固くする私の耳に、襖を滑らせる音が届いた。
開いた襖の向こうから先に姿を見せたのは、上品なベージュのワンピースに同じ色のノーカラージャケットを合わせた上品な女性だ。
自分の母と同年代くらいに見えるその人の顔には知っている面影があって、つい息を呑む。
「ごめんなさいね、遅れてしまって」
「いいえぇ、とんでもない。お時間ぴったりですよ」
普段より1オクターブは高い声音で返事をしながら、母がサッと座布団から立ち上がった。
私も慌てて、それに倣う。
「まあ、あなたが華乃さんね? 里津子(りつこ)さんからお写真は見せてもらってたのだけど、やっぱり実物の方がかわいらしいわ」
「いえ、そんなことは……ありがとうございます」
にこやかに褒めてくださるその女性──件のゆきのさんに頭を下げつつ、私はこっそり母に視線を送る。
写真? 私の? もしかしてお母さん、スマホあたりに入ってたテキトーな写真見せたんじゃ……。
恨めしげな私の眼差しを、母は知らんぷりで完全に受け流している。もおおおお母さんってば……。
「あ、ごめんなさい。私がここにいちゃお部屋に入れないわね」
チラと背後に目を向けたゆきのさんが、そう言って用意された座布団へと足を進める。
彼女に続いてお座敷に姿を現した彼を視界に入れたとたん、ドクンと心臓が大きく脈をうった。