蜜月は始まらない
「はあ、もうおなかいっぱいです~」



食後のデザートまで平らげてスプーンを置いた根本さんが、至福のため息とともにそんな言葉を吐き出す。

テーブルを挟んだ向かいに座っていた私も「だねぇ~」と同じく吐息を漏らすけど、満足感から頬は緩みっぱなしだ。

根本さんが以前から気になっていたというトラットリアは、彼女の家にほど近い場所にあった。

カジュアルな雰囲気のお店は外観も内装もかわいらしく、手打ち麺を使っているパスタ類がオススメらしい。

今日はふたりともランチのパスタコースにしたけれど、ホールからも覗き見える立派な石窯に食欲をそそられ、追加でマルゲリータも1枚注文してしまった。

こじんまりした店ながらワインも充実していて、今度はぜひディナーでも来てみたいところだ。



「さて、花倉さん。全然チェックしてないみたいですけど、そろそろスマホ見てみた方がいいんじゃないですか?」

「え?」



イタズラっぽい笑みを浮かべ、荷物カゴの中にある私のショルダーバッグをチョイチョイ指さした根本さんに、きょとんと目をまたたかせる。

彼女と連絡がついてから、スマホの電源は落としっぱなしにしていたのだ。

私は一応バッグからスマホを取り出すも、電源を入れるのを躊躇ってしまう。



「きっと、心配してますよ」



根本さんの言葉に後押しされ、ようやく電源ボタンに指をかけた。

見慣れたホーム画面が現れると、そこにいくつもの通知があることに気づく。

メッセージが3件。電話の着信が5件。

それはすべて、錫也くんからのものだった。
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