蜜月は始まらない
震えそうになる指先で画面を操作して、まずはSNSのメッセージを確認する。



【時間ができたら、電話して欲しい】

【もうすぐ家に帰る】

【今どこにいる?】



それぞれ時間を空けて送信された文章を読み、詰めていた息を吐き出す。

それから、留守番電話サービスに録音されていた1件のメッセージを再生した。



《華乃……会いたいんだ。頼むから、連絡が欲しい》



躊躇うような一瞬の空白のあと、スマホにあてた耳に流れ込んできたのは切実な彼の声だった。

つい10分ほど前に録音されたばかりのそのメッセージを聞いた瞬間、胸がしぼられるように切なくなって。
私の目に、自然と涙が浮かぶ。

ああ……ダメだ。声を聞くと、改めて思い知る。



【本当に好きな人と幸せになってください。】



彼のためにと思って置いてきたあのメモには、嘘なんてひとつもないのに。

私は、こんなにも彼が好きで。

彼が一緒に幸せになる、その相手が自分ならいいのにと──こんなにも、浅ましく願ってしまっている。



「目に見えない気持ちは、ちゃんと言葉にしなくちゃ伝わらないですよ」

「……うん」

「大事なことほど、ストレートにバッター勝負です!」



きっと上手いこと言おうとした根本さんのセリフが何となくズレていて、つい泣き笑いの表情になった。

こぼれ落ちそうになっていた目尻の雫を指先で拭い、覚悟を決めてメッセージを送る。



【今から帰ります】



自分が傷つくことを恐れて、錫也くんの本音を知ることからずっと逃げていた。

だけど今は、ちゃんと向き合いたい。向き合って、そして──自分の気持ちも、伝えたい。

私に必要だったのは、それが自分にとって悪いことでもいいことでも……真実を受け止める、勇気だ。
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