蜜月は始まらない
それからは、食事をしつつくだけた雰囲気で歓談となった。

運ばれてきた京懐石はどれもおいしいはずなのに、緊張のせいでほとんど味がわからない。うう、切ない……。

ウキウキとしゃべっているのは母親たちばかりで、柊くんも私も、振られた話に答えたり相づちを打つのみだ。

せめてもと微笑みは絶やさないようにしているけれど、そろそろ表情筋がつりそう……。



「本当に、錫也くんの活躍はすごいわよね。いつも華乃と一緒にテレビの前で応援してるのよ」

「ありがとうございます」



うっすらと口もとに笑みを浮かべた柊くんが、母に小さく会釈する。

お母さんってば……一緒にプロ野球中継ちゃんと観たのなんて、去年の日本シリーズのときくらいじゃない?

内心で呆れながらも、私は黙っておく。こういう場は、多少の誇張表現も必要なのだろうから。

いちごの載った杏仁アイスをちまちま口に運びつつ、こっそりと真向かいにいる彼の顔を盗み見る。

クラスメイトとして同じ教室で過ごしていた頃と比べ、ずいぶん精悍な顔つきになった。

あの頃だってイケメンだなんだと周りの女子たちが騒ぎ立てていたけれど、今はなんというか、大人の色気がプラスされてさらに魅力が増しているように思う。

……今をときめくプロ野球選手で。イケメンで。賢くて。

あの頃と変わっていないのなら、誠実で性格だって良くて。

やはりどう考えても、お見合いをする必要なんて見当たらないと思う。

きっとこの話も、お母さんたちの勢いに押されて、しかも相手が元クラスメイトの私だったものだから、断りづらかったのだろう。

私が淡い恋心を抱いていた、あの頃のまま……やっぱり柊くんは、優しい人だ。
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