蜜月は始まらない
イタズラな表情で軽口を叩く錫也くんに言葉を返しながら、うっとりと自分の左手で光るリングを眺める。

これからは、堂々とつけてもいいんだ。

それがうれしくて、ついにまにまと笑みがこぼれる。



「なら、よかった。ほら華乃、今度は朝まで眠ろう」



そう言って彼が、私を自分の胸に引き寄せた。

素肌に押しつけられる形になり、錫也くんの匂いや体温どころか、鼓動までも鮮明に感じられる距離だ。



「ね、眠れない……ドキドキして」



つい本音を漏らすと、頭上から笑い声が振動と一緒に伝わる。



「じゃあ、問答無用で寝られるようにまた体力なくなることしてやろうか?」

「そ……っや、それは、さっきも散々……っ」

「散々、なに?」



とっさに顔を上げた私を見つめる錫也くんは、やっぱり意地悪だ。

続きのセリフに詰まり、私は熱くなる頬を隠すように彼の胸へひたいを押しつける。



「もう……勘弁してください……」

「はは。今日のところは、な」



笑い混じりに答えながら、不埒な手が布団の中で裸の背中を撫でてきた。

思わず、ビクッと震えながら「あっ」と小さく声を漏らしてしまう。

抗議の意味で軽く睨むと、錫也くんはとろける笑顔をお返ししてくれた。

まんまとその表情にときめいてしまう自分がいるのが悔しくて、むう、と唇を尖らせる。
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