蜜月は始まらない
「初めて錫也くんとしゃべったときは、そんな表情するなんて想像もできなかったのになあ」



ついポロリとこぼれたつぶやきを拾ったのか、彼が反応を見せた。



「華乃は……俺と初めて話した日のこと、覚えてるのか?」

「そりゃあ、覚えてるよ。印象的だったもん」



そう答えた私を見つめる錫也くんは、なぜか緊張しているような顔をしていた。

思わず首をかしげていると、彼がまた口を開く。



「それは、高3で同じクラスになってからの話?」

「え、違うよ。その前に1回話してるよね?」



まさか、記憶違いなんてこともあるはずがない。

だって、あんなにインパクトのある出来事だったんだから。



「2年に上がったばかりの春に、錫也くん、桜の木に引っかかった私のハンカチを取ってくれたでしょう?」



笑いながら私が言うと、錫也くんは今度こそ固まってしまった。



「錫也くん?」

「知ってたのか……俺が、あのときの奴だって」

「え? それは、もちろんだよ。あの頃から錫也くん、クラスは違ってても有名だったし」



たしか、しばらくして廊下ですれ違ったときに会釈したよね?と確認すれば、彼は深いため息を吐いて私の頭に自分の顎をのせた。
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