蜜月は始まらない
#1.初恋の人と、お見合いします
閉館後の、静謐な図書館の空気が好きだ。ひしめき合う本たちが醸し出す紙の匂いを誰に邪魔されることなく堪能しながら館内を歩き、闇色の空を透かす窓にブラインドを下ろしていく。
……今日は、特に問題といえることも起きなくてよかったなあ……。
去年の夏から勤め始めて約半年になるけど、老若男女毎日様々な人が訪れるこの場所はいつでも新鮮な体験ばかりだ。それはうれしいことだったり、時として心身が疲弊して落ち込んでしまうようなことだったりもする。
図書館職員としてまだまだ発展途上な私は、日々奮闘中だ。
「ねぇねぇ花倉(はなくら)さん、今週の金曜日って何か予定ありますか?」
退勤前の雑務を終えてカウンターに戻った私に明るく話しかけてきたのは、一緒に残って展示コーナーの入れ替えをしていた根本(ねもと)さんだった。
彼女は私の3歳年下の26歳で、同じくこの市立図書館のパートスタッフとして働いている。年下とはいえ、4ヶ月ほど私よりも勤務歴は長い。
スマホを手になんだかキラキラした眼差しを向けてくる根本さんを見ながら、私は小首をかしげた。
「金曜日? 特に予定はないけど……」
「やった! じゃ、一緒に合コン行きましょ、合コン!」
「ゴーコン??」
予想外の返答に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
というか、勤務時間も終わってあとは戸締りのみとはいえ、職場でこんな会話をしていていいものなのだろうか。
私の困惑なんてお構いなしで、根本さんはスマホを握りしめる右手をブンブン振る。