蜜月は始まらない
「じゃあそろそろ、『あとは若いおふたりで』……ね。私たちはここでのんびりお茶してるから、錫也と華乃さんはお庭をお散歩してきたら?」



そんな決まり文句を告げたニコニコ笑顔のゆきのさんと意味ありげな目配せをしてくるお母さんに急かされ、食事を終えた私と柊くんはこの料亭自慢の庭園へと足を運んだ。

庭園は想像以上に広大で、鯉の泳ぐ池や橋、石灯篭なんかもある。柊くんのあとをついて歩きながら、私はこっそりその広い背中を見上げた。

アスリートとしては当たり前なんだろうけど、がっしりしてるなあ……まだ線の細かった高校時代と比べたら、肩幅とかほんと、たくましい……。

……この腕に、抱きしめてもらったら。きっとどんなに安心して、それからドキドキするだろう。

無意識にそんなことを考えてしまっていたら、不意に柊くんがこちらを振り返った。

まさか脳内の邪な想像に気づかれてしまったのかと、思わずビクッと身体を震わせる。

そのまま柊くんが立ち止まったから、私もつられて足を止めた。



「悪い。歩きにくいよな、その格好」

「え……あ、うん、まあ……でも、大丈夫だよ」



かけられた言葉に一瞬呆けてしまいつつ、首を横に振る。

柊くんは「もう少しゆっくり歩く」と言って、再び歩き出した。

先ほどまでよりずいぶんペースを落とした彼は私が隣に並ぶのを待ってから、また口を開く。



「ちゃんと言ってなかったな。久しぶり、花倉」



柊くんの声で数年ぶりに名前を呼ばれ、ほわりと胸があたたかくなる。

未だ緊張しながらも、私は頬を緩めて隣の人物を見上げた。
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