蜜月は始まらない
番外編:水曜日のマイガール
「お、花倉」
放課後。進路相談室のドアを開けて中にいた人物を確認したとたん、無意識に声が漏れていた。
俺のつぶやきに反応し、たくさんの資料が詰まった棚の前に立っていた彼女──同じクラスの花倉華乃が、パッとこちらに顔を向ける。
「柊くん」
「花倉も、大学のパンフレット見に?」
「うん。ってことは、柊くんも……?」
その問いに、俺はこくりとうなずいて答えた。
後ろ手にドアを閉めてから、彼女へと近づく。
まだ残暑が厳しい9月。少し前に部活を引退してから、周りとする会話といえばもうすっかり進路に関しての話題ばかりになっている。
今隣にいる、彼女とも。あと数ヶ月もすれば、別々の道に分かれることになるのだろう。
棚の中から適当に手に取ったパンフレットを、パラパラと捲る。
もうほぼ志望大学は絞り込んでいるが、今日ここに来たのは一応他のところも頭に入れておこうかと、なんとなく足が向いたからだった。
けど、結果的に正解だったかもしれない。花倉と話すのは──そして彼女自身が持つやわらかい雰囲気は、嫌いじゃないから。
「他の人にも、言われちゃってるかもしれないけど……私、柊くんは高校卒業してすぐプロに行くのかと思ってた」
左隣から控えめに届いた声に、俺はパンフレットから顔を上げてそちらを向いた。
俺と目が合った花倉が、一瞬ビクッとしてから慌てたように視線を棚に戻す。