蜜月は始まらない
こうして並んでると、花倉がすごく小さく見えるな。いや、俺が極端にでかいだけなのはわかっているけど。

それと最近、花倉は俺と話すとき必要以上に緊張している気がする。

……俺、そんなにこわい顔してるか?



「えっと……柊くん?」



どうやら、考え事をしながら無意識に見つめてしまっていたらしい。

俺から放たれる無遠慮な視線にさすがに気づいた彼女が、困惑した様子でうかがってきた。

向けられる上目遣いになぜか胸の奥が痒くなったのを疑問に思いつつ、ようやく口を開く。



「ああ、まあ、スカウトの話はなかったわけじゃないけど……親にも大学行っとけって言われたし、俺も、もしプロでダメだったときに他の選択肢は多い方がいいと思うから」



馬鹿正直に答えながら、ふと、少しの不安を感じた。



「……やる前からダメな時のこと考えて……情けないって、思った?」



他の奴に同じ話をしたときはなかったはずのその感情に、自分でも少し戸惑う。

どうして花倉に教えたときだけ、こんな、意味のわからない焦燥感を覚えたのだろう。

彼女はポツリと落とした俺の言葉に一度目を丸くして、けれどすぐ、首を横に振った。



「ううん、そんなことないよ! なんでも冷静に考えててすごいし、柊くんらしくて……っす、」

「す?」

「あ、えと、す、すごくいいと、思う」



なぜか慌てたように答えた花倉が、照れくさそうに笑う。

その笑顔を見た瞬間、俺の中にあった不穏なモヤモヤは綺麗に霧散した。

だけど今度は正体不明の熱がともった気がして、自分の感情の変化を不思議に思う。



「ありがとな、花倉」

「そんな、お礼なんて……本当のことだから」

「じゃあなおさら、『ありがとう』だ」



夕陽が窓から差し込んで、俺たちをオレンジ色に染めていた。

どうして彼女だけが、こんなにも俺の目には眩しく見えるのか──わからないまま、ただこの時間が、少しでも長く続けばいいのにとぼんやり願った。
< 206 / 209 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop