蜜月は始まらない
ぽかんとしている私の前で一気にそこまで言うと、彼はふっと息をついた。



「……同じチームの、先輩たちが。ことあるごとに俺にモデルだかタレントだかの女をあてがおうとしてきて、辟易してたんだ」



私から目を逸らし、少し言いづらそうに柊くんがつぶやく。

その言葉で、ようやく合点がいった。彼が私と会うことを決めた、本当の理由。

同時に、さっきまではあまり感じていなかった風の冷たさを、今になって思い出す。

私はぎゅっと、おなかの前で組んだ両手の指に力を込めた。



「こんな俺でも、親を安心させてやりたい気持ちも一応は持ってた。それに少し前から球団の寮を出てひとり暮らしを始めたものの、ちょっと気を抜けば主に食事面でロクな生活しないことに気づいたから……監視してくれる人が、いると助かる」



ああ、そっか、そうだよね。

高校時代のクラスメイトで、知らない間柄じゃなくて。

都合良く、管理栄養士の資格とか持ってて。

たまたま、ちょうどいい条件の女だったから。
柊くんは、私とのお見合いを決めてくれたんだ。



「花倉はどうだかわからないけど……俺は、花倉となら、いいパートナーになれるんじゃないかと思ってる」



私に向けられた、その目をじっと見つめ返す。

この場所に立って、柊くんの綺麗な瞳に今映っていられる自分は、とても幸運だ。

あの頃のまま、いつだって誠実で、嘘のない彼は……正直な言葉で、私を“柊 錫也の奥さん役”にスカウトしてくれている。
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