蜜月は始まらない
本当に不思議そうに言って、柊くんがこてんと首をかしげる。
だって、まだ同じクラスになったばかりなのに。
目立つタイプでもない私のフルネームを、知っててくれて……しかも、漢字まで。
「ごめん、私たぶん柊くんの名前の漢字書けなかった……」
「ふ、正直か」
ついポロッと言ってしまうと、柊くんがシャープペンシルを持った手を口もとにあてて小さく笑った。
その、普段の大人びた彼とはちょっと違う幼い笑顔にドキッとする。
顔が熱くなるのを誤魔化すように、私は柊くんが書いてくれた自分の名前を指でつついた。
「でもあの、私、完全に名前負けだよね」
「え?」
「ふたつも、“ハナ”って漢字あるでしょ? 待望の第1子だったものだから、うちの親浮かれて、こんな花被りな名前つけちゃって」
私はこの名前に合うような、華やかな人間じゃない。
これまでずっとそう思っていたから、多少わざとらしくおどけながら言ったのに。
「名前負けって、どこが? 俺は、花倉にぴったりだと思う」
予想外にあっさりと否定され、私は「え」、と小さく声を漏らした。
柊くんはまっすぐにこちらを見つめたまま、さらに続ける。
「さっき花倉が、桜の話で言ってたこと……『優しい気持ちになって元気出る』って、これ、花倉としゃべってても俺は同じように思ったよ」
そして彼がそこで、ふわりと笑った。
「“名は体をあらわす”って、言うだろ。花倉は、そのまんま」
一瞬、何も答えられなかった。
だってまさか、柊くんにこんなことを言ってもらえるなんて。
自分とは住む世界が違う、天が二物も三物も与えたような、キラキラした男の子に。
固まる私を見て、恥ずかしいことを言ってしまったことに気づいたらしい。
彼がようやくそこで、ちょっとだけ照れくさそうに視線を外す。
「……悪い。ちょっと今のは……我ながらクサかった」
「ぷっ」
両手で顔の下半分を隠し、くすくすと笑ってしまった。
手のひらで見えない部分は、きっと、真っ赤に染まっている。
ものすごく恥ずかしいのにうれしくて、緩んだ頬がなかなか直らなかった。
「ありがとう、柊くん」
私の、大切な大切な思い出。
遠巻きな“憧れ”が“恋”へと変わった、甘酸っぱくて眩しい瞬間の記憶だ。
だって、まだ同じクラスになったばかりなのに。
目立つタイプでもない私のフルネームを、知っててくれて……しかも、漢字まで。
「ごめん、私たぶん柊くんの名前の漢字書けなかった……」
「ふ、正直か」
ついポロッと言ってしまうと、柊くんがシャープペンシルを持った手を口もとにあてて小さく笑った。
その、普段の大人びた彼とはちょっと違う幼い笑顔にドキッとする。
顔が熱くなるのを誤魔化すように、私は柊くんが書いてくれた自分の名前を指でつついた。
「でもあの、私、完全に名前負けだよね」
「え?」
「ふたつも、“ハナ”って漢字あるでしょ? 待望の第1子だったものだから、うちの親浮かれて、こんな花被りな名前つけちゃって」
私はこの名前に合うような、華やかな人間じゃない。
これまでずっとそう思っていたから、多少わざとらしくおどけながら言ったのに。
「名前負けって、どこが? 俺は、花倉にぴったりだと思う」
予想外にあっさりと否定され、私は「え」、と小さく声を漏らした。
柊くんはまっすぐにこちらを見つめたまま、さらに続ける。
「さっき花倉が、桜の話で言ってたこと……『優しい気持ちになって元気出る』って、これ、花倉としゃべってても俺は同じように思ったよ」
そして彼がそこで、ふわりと笑った。
「“名は体をあらわす”って、言うだろ。花倉は、そのまんま」
一瞬、何も答えられなかった。
だってまさか、柊くんにこんなことを言ってもらえるなんて。
自分とは住む世界が違う、天が二物も三物も与えたような、キラキラした男の子に。
固まる私を見て、恥ずかしいことを言ってしまったことに気づいたらしい。
彼がようやくそこで、ちょっとだけ照れくさそうに視線を外す。
「……悪い。ちょっと今のは……我ながらクサかった」
「ぷっ」
両手で顔の下半分を隠し、くすくすと笑ってしまった。
手のひらで見えない部分は、きっと、真っ赤に染まっている。
ものすごく恥ずかしいのにうれしくて、緩んだ頬がなかなか直らなかった。
「ありがとう、柊くん」
私の、大切な大切な思い出。
遠巻きな“憧れ”が“恋”へと変わった、甘酸っぱくて眩しい瞬間の記憶だ。