蜜月は始まらない
引っ越し業者のトラックを見送ったのはお昼前。

それから、昼食に近所の定食屋で頼んだ出前の天丼をいつも通りの空気感で食べ終え、母から「そのうち遊びに行くわ~」なんて気軽なセリフをもらって実家を出てきた。

その後私はひとりこのマンションへと向かい、ほどなくして到着した引っ越し業者が運び込んだダンボール諸々をある程度片付け終え、今に至る。



「ほんとに……ここに住むんだなあ……」



ついそんな独り言を漏らして、パカ、とスマホの手帳型カバーを開いた。

内側には、この部屋のカードキーを挟んである。
引っ越し前一度だけここを訪れたとき、柊くんが手渡してくれたものだ。

銀色のそれを指先でなぞる。それから今度はスマホを操作し、片付け中もチラチラ覗いていたスポーツ速報アプリを確認した。

開幕はしていないとはいえ、すでにオープン戦という名目の試合は始まっている。
今日も例外ではなく、柊くんは都内にある本拠地ドームで行われるデーゲームに出場するため家を空けていた。

14時試合開始で、現在時刻は16時過ぎ。
速報によれば今は6回の表、4対2でウィングスがリードしている。

柊くんも2打席目にタイムリーツーベースを打っていて、荷解きの片手間にその情報を見た瞬間は思わず声を出してしまった。

このペースなら、試合が終了するのは17時半あたりかな。

そのあとミーティングとかあるとして……柊くんが帰って来るのは、19時くらい?
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